MBAを取得したエリートの転職地獄 その3: 破綻編

この記事の筆者
< 学歴・資格等 >
・ 早稲田大学政治経済学部経済学科卒
・ 米国一流校にてMBA取得(専攻 Finance, トップ10%)
・ 留学前、TOEFLで満点(スコア自体は失効しています)
・ CFA, Chartered Financial Analyst, CFA協会認定証券アナリスト
・ 日本証券アナリスト協会検定会員

< 職歴概要 >
・大手サービスで経営管理、経理(連結決算)、IR(Annual Report作成等)
・大手外資コンサルティングでM&Aのアドバイザリー(クロスボーダー含む)
・大手メーカーでM&Aの企画推進、経営管理
・大手ITで会計ソフト等の企画開発、海外製品のマニュアル翻訳、トップ通訳

本シリーズでは、その1でナッシュ氏こと私の失敗キャリアの概観をお伝えし、虚栄心だけで転職に踏み切ったのがそもそもの原因だとお伝えしました。

その2では、

●MBA + CFAという学位・資格で履歴書上金融業界経験が無い点と年齢を無理に補い、見事大手監査法人系財務コンサルティング会社へM&Aアドバイザーとして転職しました。
●同社では1年数ヵ月勤めましたが、運よく実績・スキルを手に入れたものの長時間労働と仕事が細かすぎる / 上司の突っ込みがうるさ過ぎるというストレスで段々とノイローゼになり、アル中「気味」になりました。
●教訓: いわゆるストレスというものは長時間労働のみでなく、職務内容自体もその要因となり得ます。

という成功談に聞こえるが破滅の罠を含んでいるプロットをご紹介しました。

本稿では、「気味」ではなく本当のアル中に転落したというストーリーを語りたいと思います。

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本場、という言い訳で2度目の転職

正直なところ、あまりに作業・上司の突っ込みがイヤなせいで、たった一年数ヵ月で憧れていた投資銀行業務もホトホト嫌になっていましたが、俺はエリートのインベストメントバンカーなんだ、という変な矜持だけはなお抱き続けており、ホンネからは目をそらしていました。

ここで、とある友人の斡旋でとあるドメ(非外資)の証券会社に転職しました。野村証券のような独立系の一流どころではなく、銀行系の証券子会社です。本体の銀行が大手ですので、子会社でもネームバリューはあり、1.5流といったところでしょうか。職種は同じくM&Aアドバイザーですので、正確に言うと転職より転社です。

さてこんなに短期間で転職すると不利でキャリア的にも一社で石の上にも最低3年では・・・ということは心の底では分かっていましたが、ネガティブな理由で無理に再度の転職に踏み切りました。

ホンネは押し殺して自分にどういう言い訳をしたかと言いますと:

●多分監査法人系だから数字にやたらと細かくてストレスを感じるんだろう。国内の1.5流どころの証券会社ならそう細かくなくストレスも軽減されるかもしれない。
●投資銀行業務ならやはり本場の証券会社でないと!! →これで自分を無理に説得。

私のように心の弱い人間は、困難から身を避けるために自分に対する言い訳を考え出すのだけは上手です。

身分差別

さて次の証券会社に行く前に、面接で「マネージャー」という役職だ、と聞き金銭的な待遇はやや下がる様子でしたが名刺上の聞こえ的には悪くないな・・・と思っていました。もう30を超えているのにまだこういう世俗的なことばかりにこだわっています。

ところがよく調べず飛び込んでみると、大きな間違いを犯しているのが分かりました。

まず同銀行グループの役職の体系としては、

担当(1年目)→主任(2年目)→課長代理(3~4年目)→部長代理(5年目以降)→課長

とあり、プロパー(同子会社へ新卒で直接入社)か銀行本体からの出向の場合大過が無い限り括弧内の年数でほぼ自動的・年功序列で上に上がるようになっています。部長代理までが超勤の付くスタッフで、課長以降が付かないいわゆる管理職です。なお課長以上は実績次第で、自動的になれるとは限りません。

さて、行った先の部署では外資の投資銀行風に役職はカタカナの英語で(カッコつけて)名刺上表記されており、

担当: コンサルタント, 主任: アソシエイト, 課長代理: マネージャー, 部長代理: シニア・マネージャー, 課長: ディレクター

などとなっていました。マネージャーと言ってもこのように表記が「インフレ」しているだけで、同年代のプロパー・銀行からの人はほぼ全員「シニア・マネージャー」となっており、さらに人によってはもう「ディレクター」に就いており、一方私や他の中途の人は30を超えていてもまだ「マネージャー」でした。つまりマネージャーとは名ばかりで単なる中級レベルのスタッフだった、ということです。

このようにタイトル・待遇面でプロパーと中途との間で歴然たる差別があり、それは伝統的な会社でもあり忠誠心や勤務年数等もあるから仕方無いか、と思ったもののそういう世上の聞こえばかりを気にしていた私には何か騙された感がありました。が、世間的にはマネージャーとあるのでまぁ良いかと、年齢の割には比較的高給なので気分を紛らわすために夜な夜なキャバクラへ出かけ名刺を配り、「まぁマネージャーなの、かっこいい!!」と商売上のお世辞を言われて喜んでいました。傷ついた心から来た、アル中の初期状態です。そして朝起きると二日酔いで後悔し、重い足を引きずりながら通勤するという日々を繰り返しました。


重度のアル中と骨折

そして入って数ヵ月後、根本の日本語表記の職制は変わらないながら、ある日突然名刺上の表記変更が宣言されました(顧客に過大な期待を抱かせないよう実体にそぐうようにするためです):

担当: (なし), 主任: コンサルタント, 課長代理: アソシエイト, 部長代理: バイスプレジデント, 課長: ディレクター

より普通の外資系投資銀行に近付きました。寝耳に水で、新しく配られた名刺を見た際には本当に目の前が真っ暗になりました。これで、事実上はヒラに毛が生えたものだったのが名目上もそうなってしまいました。

ちなみに業務についてはやはり同じ投資銀行業務ですので同じぐらい細かくてうるさく、給与は下がるわでもう何のメリットも無く、何しに転職したのか、という感じでした。

この後完全にアル中になり、夜公園をフラフラしていたら階段を踏み外して骨折し、全治3ヵ月。キャバクラと治療費で貯金も使い果たし、その後もアル中・完全なノイローゼで精神的に勤務不可能、という人事部・産業医の判断で長期欠勤扱いになり、もうその会社で実際の業務をすることはありませんでした。

2社目が案外買われていてあと1, 2年でそのうち昇格という話もあったので、多少つらくて居れば良かった、と病院内を車椅子で移動してリハビリをしながら思いましたが、後の祭り、「破綻」です。

外資系と違い、身分は差別するながら雇用保障だけはしっかりあり、入ったばかりで無期の長期欠勤になったのにも関わらず給与もベースの8割ぐらい出るという温情で、それだけはありがたく享受し、もうとにかくそこの会社はイヤだからどこでもいいから普通の事業法人に戻ろうと、長期欠勤中に3回目の転職活動にまだ不自由な脚で駆け回ることになります・・・。実際に駆けることはしませんでしたが。

この後とあるメーカーがたまたま拾ってくれます。結局この証券会社に所属していたのは1年弱で、実際に仕事をしていたのはその半分ほどであり、苦労してアメリカくんだりまで出かけてMBAを取得し揚々と乗り込んだ投資銀行業務の世界も2年と少しぐらいで終止符となりました。

そして、再転職先の3社目でもうまく行きません。この話はまた次回の稿にて。

教訓

伝統的な大企業では、このように中途に対しいくら実績があっても明らかな身分・待遇上の差別をすることがあります。勤め上げてきたのでなく途中から図々しく入って来たのだから仕方無いではないか、という話もありもっともですが、人間の社会的価値はいわゆる肩書で決まる面もあるので、こういう点が正直気になる方は転職を決断する前に面接等でよく聞いて入念に調査の上、納得してから踏み切るようにして下さい

筆者のプロフィール
ナッシュ(仮名) 40歳台前半 / 男性

[学歴]

・早稲田大学政治経済学部経済学科卒
・イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 MBA(全米トップ50傑以内)
専攻: ファイナンス, トップ10%で卒業

[職歴]

・経理・IR畑を経て、投資銀行業務(M&Aアドバイザー)や財務系SEを経験
EQが低く人間関係が下手であまり大成しませんでしたが、数字いじりだけは得意でした。
・40歳にてフリーランスの産業翻訳家として独立
言語は英語・タイ語、主要対象分野は財務・法務系(アニュアルレポート・契約書等)
翻訳家になりたかった、というより通勤電車がイヤで無理に脱サラした感があります。

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